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| アトランタ五輪で粘り強い走りを見せ、レース後の「はじめて自分で自分を褒めたい・・・」という発言が印象的な有森氏。あれから10年が経った今年、自己表現の手段としてマラソンを選び、日本女子マラソンの一時代を築き上げたアスリートが、満足感一杯の笑顔で現役を退いた。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| ―――有森さんがマラソンに興味を持ち、挑戦しようと思ったきっかけは何でしょう。 大学4年生の時、ソウル五輪の女子マラソンでポルトガルのロサ・モタという選手が優勝したのですが、ゴールした瞬間の笑顔、そこから伝わってくる爽快感が、とにかく素敵で感動しました。精根尽き果てた様子でゴールする選手がいる一方で、まるで違う競技をしてきたかのように颯爽とゴールする選手もいる。そこから「マラソンって一体どういう競技なんだろう」と気になり始めました。 本当は学校の先生になろうと思っていたのですが、それからというもの「走りたい」という想いが強くなりました。しかし、実績のない私を採ってくれるところはありません。小出監督が指導していたリクルートだけが採用してくれたのです。 |
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| ―――最初からマラソンではなかったと思うのですが、どういう風にマラソンにたどりついたのでしょうか。 私は、走ることが好きだったわけではなく、頑張ることが好きだったのです。その頑張れる唯一の対象が走ることだったので続けることができました。マラソンという競技は他の競技と比べて、身体の才能よりも努力が結果につながる可能性の高い競技といえます。結果がついてきたので、また頑張れたのだとも思います。 私にとって大切だったのは、いかに自分が全力で立ち向かえるかどうかであり、それによって結果を出せるかどうかでした。たまたまそれが走ることだったのです。 もっとも、それを見つけたのは中学時代にさかのぼります。体育祭で800m走に出場し、勝ったことがきっかけです。それまでの私には、自分でできると思えるもの、自信が持てるものは何ひとつありませんでした。引っ込み思案で、どちらかといえばいじめられっ子だったと思います。どこかで自信が持てるものを見つけることに必死でしたから、その競争に勝った時は最高の気分でした。「私にはこれだ」と思ったのです。 |
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―――あらためて、マラソンとは、どういう競技なのでしょうか。
食事を例にとると、私は貧血気味の体質だったので、積極的に鉄分を含む食材を選び、カルシウムには鉄分の吸収を妨げる働きがあるので同時には摂取しないよう気をつけていました。外出先などで出るお弁当などは、パッと見て食べるセクションと食べないセクションが瞬時にわかるほど、どの食べ物を、どのタイミングで、どれだけ食べれば、身体に入れた瞬間にどう働くかを考える習慣が身に付いていました。 こうした細心の注意を払いながら、日々を過ごします。それはランナーにとって当たり前ではあっても緊張の連続です。そんな単純な毎日の積み重ねだからこそ、ちょっとした油断から調整に失敗するかも知れない。そういう恐怖に打ち勝って、目標を見失うことなく集中し続けることが難しい。マラソンがメンタルスポーツと言われる理由はここにあるかも知れません。 |
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